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元気ですか? [痙攣性発声障害]

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その昔、ある日突然声が出なくなったことがあって、
なんとなく、その頃のことを思い出していました。

あれ?風邪かな?というところから、
日に日に声帯のコントロールを失っていき、
目の前にいる人とのコミュニケーションも困難となって、
原因もわからないまま、絶望的な気分で過ごした日々。

大好きだったコンビニのバイト中、
「ちょっと風邪ひいて」っていう
明らかな嘘をつき続けるのもしんどくなって、
ある日、レジに並ぶお客さんの列を前に、逃げ出したくなった。

その瞬間、

入口の自動ドアが開き、
ふと顔を上げると、
近くに住むホームレスのおじさんが立っていて、

私に向かってまっすぐ、

「元気ですか?」

たった、一言そう言った。

驚いて、咄嗟にコクンと頷いたら、
今にも止まりそうだった時間が何事もなかったように動き出し、
気づいたら、もうおじさんの姿はなかった。


渋谷の繁華街という場所柄、
ホームレスのお客さんは多く、
店内が混雑している間に、万引きをする人も多いとのことで、
社員の人たちは監視カメラの前で警戒していることも多かったけれど、

そのおじさんはいつも店内に誰もいない時に来店して、
まっすぐスナック菓子のコーナーに向かい、ポップコーンを手にとり、
100円玉をレジに置いて、おつりを受け取らずに帰っていく人だった。

いつも一言も話すことはなかったけれど穏やかにニコニコしていて、
私がレジで暇そうにしていると、
ガラスをコンコンと外から叩いて挨拶をしていってくれることもあった。

結局その後私はバイトをやめてしまって、
私がおじさんの声を聞いたのは、

「元気ですか?」の一言だけ。

なんてことない、たった一言が、
あんなにも人の心に響くのかということを、
私はあの時はじめて知った。


それから半年ぐらい経って、
「痙攣性発声障害」という病名を知ったのは、
誰かがくれた、新聞の切り抜きからだった。


もうほとんど症状は回復したけれど、
今でも、時々、一喜一憂したりしながら、
当たり前だと思っていた、奇跡のような時間たちを、
噛み締めながら生きています。

あんなに絶望的だった日々も、
今では、私のかけがえのない大切な軌跡。


強い風が吹くとき、時々、
おじさんのカラフルなジャンパーと、
「元気ですか?」の一言を、思い出します。




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